大阪・関西万博の閉幕が近づき、連日メディアが報じる「未使用チケットの当日券への交換」のニュースを見て、私は強い無力感に襲われています。
ニュースによると、来場日時が予約できず、宙に浮いてしまった未使用のチケットが130万枚以上もあるそうです。その「救済策」として、会場で当日券に交換できる仕組みが始まりましたが、その数は1日わずか数百枚に限定されています。
この数字を見た瞬間、私の頭の中の計算機はフリーズしました。
130万枚 vs 数百枚の絶望的な計算
残りの会期が約2週間だと考えると、この交換制度で救われるチケットは全体の数千枚に過ぎません。
これは、大多数のチケットが「使えずに終わる」ことが確定しているという、絶望的な現実を意味しています。
私は、せめてブログで「何時までに行けば望みがあるか」といった情報をお届けしたかったのですが、そのリサーチを途中で断念しました。
なぜなら、前日の夜から並ぶ「つわもの」が現れたという現実、そして数百枚というあまりに少ない交換枠を前に、「安易な希望はかえって残酷だ」と感じたからです。この勝負は、「普通の人」にはどう考えても勝てない、過酷な戦いになってしまっているのです。
「普通に行きたい」人が排除される
この交換の仕組みが、結果的に「情熱の戦い」を生んでしまっています。
- 「先着順」というルールは、徹夜の行列を容認することにつながり、運営側が呼びかける「安全上の注意」や「モラル」を乗り越えなければ、チケットは手に入らない。
- 始発で向かっても間に合わないかもしれない現実は、体力や覚悟、そしてメンタルの強いある一部の人にしかチケットを獲得する権利を与えていません。始発の電車、ホームに降りたあと、改札を通ってから地上にあがるまで。どう考えても我先にと全速力で走る人たちの戦いになりますよね。危険です。
心から万博に行きたいと願っている地方から来た家族連れや、時間的に体力的に無理だと思う方々は、この「深夜からの戦い」のリングにすら上がることができません。
家族のために何としてでもチケットを交換したいと願う「普通の願い」が、この仕組みによって排除されてしまっているのです。
過酷な戦いをシュミレーション。どう考えても危険しかない。
交換の初日は27日。土曜日でした。この救済措置は平日も行われ12日(最終日の前日)まで毎日行われます。
正午から入場できるチケットは6時15分頃に終了。
16時から入場できるチケットは8時に引き換え終了。
始発で着いた人が全員買えたのか不明です。なぜなら前日から並んでいた人たちが何人いたのか不明だからです。始発の人たちが地上に出た時、一体どれだけの人数の行列ができていたのか。
初日はチケット引き換え時間はもっと遅い時間のはずでしたが、あまりに人が多いので引き換え時間を早めたそうですね。遅く来た方はどんな気持ちになったことでしょう。「先着順」の恐怖がここにあります。
つまり翌日からニュースなどでそれを知った人たちは自分たちも「徹夜組」「始発到着組」になろうとするわけです。どうせ苦しい戦いなら昼からの入場ができる1日券がほしいですもんね。
考えてみたら、あさイチに引き換えたのにもかかわらず入場は昼や夕方。悔しいですね。
始発は5時39分に到着する電車です。電車が駅に到着するときに一番有利なのは先頭の電車。このドア付近は最初に出ようとする人たちでぎゅーぎゅー詰めのはずです。
この一番の電車に乗車するために、始発駅から乗り込む人もいるかもしれませんね。途中駅からだと満員で入れないかもしれません。
22日から始発~6時までの間、夢洲駅規制が行われているため、階段は使えません。エスカレーターのみの仕様で、安全を確保するため降車後は乗客が走ることを防ぐために駅員の誘導があります。
改札も通常の改札数を減らし6つのみです。
改札から地上に上がる階段も封鎖。上りエスカレーターは3つです。
全員が走らずに、押したりぶつかったりトラブルがおきたり転んだりせずに、スムーズに地上の列にならぶことができたのでしょうか?
こんなことを毎日続けて、大丈夫なのでしょうか?ちょっと心配です。
救われなかった130万枚の想い
万博協会は「払い戻しはしない」という姿勢を崩していません。そのルールは理解するとしても、130万枚という途方もない数のチケットが「無効」になる未来を、本当にこのまま見過ごしていいのでしょうか。
入場枠のキャパシティがあるのはわかります。しかし、1日数百枚という数字は、「救済策は取った」という静かなポーズに見えてしまうのは、私だけでしょうか。
それとも数を少なく設定することによって、引き換えに殺到する人の数を減らす意図があるのでしょうか。
万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。未来への希望を謳う祭典が、その閉幕時に、多くの人々の「無念」と「後味の悪さ」を残すことになってしまうのは、本当に悲しいことです。
万博の入場券は高いです。この券を買うために万博ID登録しましたね。でも行く日が決まらないからそのうちって思っていた。行く日がきまったらそのままゲートに来たらいいと思っていた。
でも入場予約が必要だった。それで来たけど入れない人もいたことでしょう。
入場予約が必要だと最近知った方もいるのでは?知ったときにはもう入場枠があいていなくて間に合わなかった。
のんびりしていたからいけないとか、ちゃんと調べて計画的にとか言うのは、想定が甘いかなと思います。色んな人がいる。多様性。だからいろんなことがおきます。
大阪万博は史上初となる「スマホを使いこなせる力、情報を集める力、体力」が必要な場所でした。
私は、この「戦い」に挑む人たちの安全と、そして救われなかった130万枚の想いが、せめて未来へつながる教訓となることを願わずにはいられません。
どうしてもどうしても「払い戻し」はできないのでしょうか。
もし大切な人に「万博行ってみたかった」と今から言われてしまったとして、未使用チケットが存在したとしたら。だれだってきっと、叶えたいと思うと思います。この人を悲しませたくないという気持ちになるでしょうね。
でもそれが、他の誰かの入場を妨げることになる。その誰かにもきっと、どうしても引き換えたい理由があった。みんな行きたい。みんな喜ばせたいと願う。
皆さんは、この万博の最後の「戦い」を、どのようにご覧になっていますか?
いまから頑張る方、どうぞご安全に。
また、どうしても行けない方のために、本当の救済措置をください。
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